大判例

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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1999号 判決

原告

馬渕分也

被告

東京都知事

美濃部亮吉

右指定代理人

内田秀夫

外一名

被告

右代表者法務大臣

田中伊三次

右指定代理人

宮北登

外一名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告と被告東京都知事との間において、靖国神社が宗教団体でないことを確認する。

2  被告国は原告に対し、別紙目録記載の祭神を靖国神社において国費をもつて奉斎せよ。

3  昭和二六年四月三日法律第一二六号宗教法人法第二条第一号に神社とあるのは日本国憲法第二〇条及び第八九条に違反する。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の長男馬渕龍雄は、陸軍予備軍人として日支事変に応召し、昭和一三年九月一二日、中支蘆山において戦死すると同時に靖国神社の祭神資格を得、同神社に合祀されて、春秋二季の大祭に天皇の拝礼を受け、国費護持奉斎を受ける権利を取得した。そして、昭和一五年一〇月、一五日の合祀祭において靖国神社に祭神として合祀され、昭和二〇年春季まで年二回の大祭に天皇及び皇族の拝礼を受けた。

2  靖国神社は、明治初頭、明治天皇の創設にかかる招魂社が、のちに現在の社名に変更せられたものであつて、日本国のため死亡(戦死)した人々を祭神とし、国費をもつてその奉斎をなし、祭祀行事のうち春秋二季の大祭には、昭和二〇年春季祭まで、天皇の参拝を受けていた。国費による奉斎と天皇の礼拝を受けることは、竜雄を含む祭神らの既得権であつたのである。ところが昭和二〇年八月一五日の終戦を迎え、連合軍司令官の一般神社への公費支弁停止の命令通達により、同年下半期以降国の奉斎は停止せられた。その後靖国神社は、昭和二六年法律第一二六号宗教法人法に基づいて被告都知事から同法第一二条所定の認証を受け、昭和二七年九月二五日設立登記を受けて、現に宗教法人として経営せられている。

3  右のように靖国神社における国の奉斎が中止されたのは、靖国神社が憲法第二〇条、第八九条にいう宗教団体に該るとの誤つた判断に基づくものであり宗教法人法第二条第一号が神社を宗教団体に含めたのは、憲法の右各法案に違反するものである。すなわち、

(一) 靖国神社は、祭祀団体であつて、宗教団体ではない。

祭祀団体と宗教団体が別個のものであることは、民法第三四条がこれを区別して規定していることからみて明らかである。およそ宗教団体といいうるためには(イ)安心立命を得るために、人間を超越した神仏等の絶対者を信仰の対象とすること、(ロ)宗旨、教え、教義が存在すること、(ニ)信者の教義意識を教化育成(より正確には化育)することが不可欠の要素である。宗教法人法第二条本文が、宗教の教義をひろめ、信者を教化育成することを目的とする団体を宗教団体としていることは、この意味で正当である。しかしながら、同法条が宗教団体の目的に含めているいま一つの事項、すなわち(ホ)儀式行事を行うことは、祭祀団体の行う祭祀行為中にもみられるところであり、宗教団体の要素ではなく、偶素であるにとどまる。ところが、神社は、(イ)人の霊魂を祭祀するのみであつて、絶対者を信仰の対象とするものではなく、(ロ)宗旨もなければ、絶対者からの教えや、教義もなく、逆に祝詞(のりと)をもつて氏子が神への慰安奉仕をするのみであり、(ハ)氏子組織(靖国神社にあつては祭神遺族が団体員を構成する)の祭祀団体はあつても、それは信心仰服の意識者である信者とは異る。(ニ)したがつて信者の教義意識を教化育成(化育)するわけでもない。すなわち、神社は宗教団体にとつて不可欠の要素を一つとして具えておらず、宗教団体ではなく、祭祀団体なのである。

(二) 法制上の経過をみると、大日本帝国憲法は、第二八条において「信教の自由」を規定していたが、「宗教」あるいは「宗教団体」の語はどこにも用いていなかつた。そして、明治三二年第一次宗教法案では、教会、寺、教派、宗派を、昭和二二年第二次宗教法案、昭和四年第一次宗教団体法案、昭和一〇年宗教団体法草案では、教派、宗派、教団、寺院及び教会を宗教団体とし、昭和一四年四月八日法律第七七号宗教団体法は、第一条に「本法中宗教団体トハ神道教派、仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団並ニ寺院及教会ヲ謂フ」と定めて、初めて神道教派を宗教に加えた。ところが、昭和二〇年一二月二八日勅令第七一九号宗教法人令第一条第一項は「神道教派、仏教宗派及基督教其ノ他ノ宗教ノ教団並ニ神社(神宮ヲ含ム以下同ジ)、寺院及教会(修道会等ヲ含ム以下同ジ)ハ本令ニ依リ之ヲ法人ト為スコトヲ得」と定め、この規定による法人を同条第二項は同令にいう宗教法人とし、神社を宗教法人と称するに至り、昭和二六年法律第一二六号宗教法人法(現行法)も第二条第一号において、神社を宗教団体と定めたのである。

所管庁のうえでも、神社は、明治元年一月から神祇事務課、その後、神祇事務局、神祇官、民部省社寺掛大蔵省戸籍寮社寺課(神祇宮直轄神社を除く)、神祇省、教部省を経て、明治一〇年一月から内務省社寺局、同三三年四月から内務省神社局が所轄し、宗教は、明治三年七月に至りようやく民部省社寺掛が教派神道と仏教とを管轄しはじめ、明和三三年四月新設の内務省宗教局に移り、大正二年六月文部省宗教局の所轄となつた。このように、神社は、明治元年から長期にわたり宗教と別箇の取扱いを受けてきたのである。ところが、昭和二〇年一〇月からは、ともに文部省宗教課の所管となり、同一の取扱いを受けることになつた。

しかし、このように神社と宗教を同一視、神社を宗教団体とするのは、敗戦後の輸入新観念であり、現行宗教法人法第二条第一号に「神社」とあるのも、占領軍に強要されて挿入されたものにすぎない。

(三) 以上のとおり、神社は祭祀団体であつて、憲法第二〇条、第八九条にいう宗教団体ではないから、宗教法人法第二条第一号が神社を宗教団体に含めたのは、憲法の右各条項に違反するものである。

4  靖国神社の祭神は、敗戦のため占領軍指令官の通達により、国営による奉斎が廃止され、同時に遺族年金の支給も中断されたのであるが、平和条約成立後、軍人恩給、遺族年金等は復活された。それにも拘らず、戦没者本人が靖国神社における国営の奉斎をいまなお受けられないのは、憲法第一四条が定めている法の下の平等に反するものである。国は、別表(一)および(二)記載のとおり、全国戦没者追悼式あるいは千鳥ケ渕戦没者墓苑拝礼式などを挙行しているが、戦没者の霊魂、ことに龍雄の霊魂は靖国神社以外のところには存在しないのであるから、靖国神社以外に一本の木柱を建て、礼拝してみても、うつろな礼拝というほかはない。

5  よつて、原告は、龍雄が死亡の時に取得した靖国神社において国費による奉斎と天皇の拝礼を受ける権利を龍雄から相続した者として(原告が祭神龍雄の遺族代表者であることは、靖国神社からその合祀祭に招待され、その後毎年の祭典に招待の通知を受けていることや、厚生大臣から遺族年金の支給を受けていることからも明らかである。)

(一) 靖国神社に宗教法人法第一二条の規定にもとづく認証を与えた被告都知事との間において、靖国神社が宗教団体でないことの確認を求め、

(二) 被告国に対し、終戦前における祭祀行事をそのまま復活して、公権力の行使として、別紙目録記載の祭神を靖国神社において国費をもつて奉斎すること(その具体的内容は戦前と全く同様の祭祀行事を行うこと)を求め、

(三) 被告らの誤解を除去するため憲法第八一条の規定に基づき、現行宗教法人法第二条第一号に神社とあるのは憲法第二〇条及び第八九条に違反するとの決定をする旨の裁判を求める。

二  被告都知事の本案前の主張

靖国神社が宗教団体であるかどうかは、単なる事実であるから靖国神社が宗教団体でないことの確認を求める原告の訴えは、事実の確認を求めるものである点において不適法であり、またこのような訴えは公法上の当事者訴訟にあたるから、行政庁である被告知事に被告適格がない点においても不適法である。

三  被告国の本案前の主張

1  原告の国費による奉斎請求の訴えは、国に対し行政行為の義務づけを故なく求めるものであつて、不適法である。

2  わが現行法の制度のもとにおいては、司法権の固有の内容として裁判所が審判しうる対象は、裁判所法第三条第一項にいう「法律上の争訟」に限られるが、この法律上の争訟とは、「法令を適用することによつて解決しうべき権利義務に関する当事者間の紛争をいう」とされている。つまり、民事事件、行政事件等として裁判所における審判の対象となり得るためには、具体的な権利又は法律関係の存否について関係当事者間に争いのあることが必要であり、具体的な紛争に関しての法の適用についての争いでなく、単に法令そのものの効力についての争いに対しては裁判所は判断する権限がないのである。ところが、原告の宗教法人法第二条第一条の違憲判断を求める訴えは、抽象的に法律についての裁判所の判断を求めるものであることが明らかであり、かかる訴えについては裁判所は判断する権限を有しない。したがつて右訴えもまた不適法である。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一被告知事に対し、靖国神社が宗教団体でないことの確認を求める訴えについて

靖国神社が宗教団体であるかどうかは単なる事実にすぎず、もとより被告都知事の行政行為でもない。原告としては、その事実が原告の権利または法律関係に影響を及ぼすような法律効果の発生または不発生を招来する場合であつても、端的にその法律効果ないしはこれによつて影響を受けた原告の権利または法律関係そのものについて争うべきであつて、単なる事実の確認を求めることは許されないから、靖国神社が宗教団体でないことの確認を求める原告の訴えは、被告都知事の被告適格について判断するまでもなく、不適法として排斥を免れない。

二被告国に対し、靖国神社における奉斎を求める訴えについて

原告は、被告国に対し、公権力の行使として、靖国神社において別紙目録記載の祭神を国費をもつて奉斎するという行政行為をすることを求めるのであるが、このように特定の行政行為をすることを求める訴訟(いわゆる義務づけ訴訟)は、行政行為をなすべきことが法律上覊束されていて、そのために所轄行政庁の第一次判断権を重視する必要がない場合であつて、しかも事前の司法審査による救済を受けなければ回復しがたい損害を生ずる緊急の必要性があるときに限つて許されるものと解すべきところ、現行法制上、国ないしその行政庁が、靖国神社において、その祭神につき国費をもつて原告のいう「奉斎」をなすべき旨を定めた法令は存在しない。かえつて、憲法第二〇条第三項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならならない。」と定め、第八九条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用若しくは維持のため(中略)、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と定めているところ、昭和二一年勅令第七〇号第二項は、靖国神社を宗教法人令(昭和二〇年勅令第七一九号)による法人とみなす旨を明定しており、同神社が、宗教法人法(昭和二六年法律第一二六号)施行後、同法の規定による宗教法人靖国神社となつたことは原告の自認するところである。そして、仮りに原告主張のように靖国神社が原告のいう祭祀団体であり、憲法第八九条にいう宗教上の組織若しくは団体に該当せず、靖国神社における祭祀行為が憲法第二〇条第三項にいう宗教的活動に該当しないと仮定してみたところで、そのことから当然に、国又はその行政庁が靖国神社において国費をもつて祭祀行為をなすべき法律上の義務を生ずるわけのものでないことは明らかである。原告は既得権を主張するけれども(もつとも、その具体的内容及び発生根拠の主張は必ずしも明確ではない。)、靖国神社の祭神となり、合祀される地位や、祭神として祭祀行為を受ける地位は、その地位にある者が法律上は権利主体となりえない死者であるだけに、その者と国との間の法律上の権利義務の関係として把握することは困難であり、また、そのような地位は本来一身専属的な性格のものであるから、その相続ということも考えられない。また、終戦前に国が戦死者を靖国神社に合祀し、靖国神社において国費による祭祀行為が行われていたとはいつても、それが国によつて個々の戦死者の遺族に対する公法上の義務の履行としてなされていたと解するに足りる根拠はなく、原告の国またはその行政庁に対する法律上の権利として原告主張のような既得権が存在し、成文法上の根拠を欠く現在においても、国ないしはその行政庁において原告のいう奉斉をなすべきことを法律上覊束しているものとは到底解せられない。原告は、さらに、軍人恩給、遺族年金等の復活との比較から、戦没者本人が靖国神社における国営の奉斉を受けられないのは憲法第一四条に違反すると主張するが、戦没者本人は権利主体たりえない死者なのであるから、右主張も理由がない。それゆえ原告の主張する「奉斉」という行政行為については、靖国神社が憲法第八九条にいう宗教上の組織若しくは団体に該当するかどうか、靖国神社における祭祀行為が憲法第二〇条に定める宗教的活動に該るかどうか、さらにはまた、宗教法人法第二条第一号が神社を同法にいう宗教団体に含めていることが憲法第二〇条、第八九条の規定に違反するかどうかにかかわりなく、これをなすべきことにつき行政庁を拘束するような法律上の根拠は現行法上存在しないものというほかはない。すなわち、原告の被告国に対する靖国神社における奉斉請求の訴えは、被告国ないしはその行政庁において原告主張の「奉斉」という行政行為をなすべきことを覊束する法律上の根拠を全く欠く点において不適法というほかはない。

三宗教法人法第二条第一号が違憲であるとの裁判を求める訴えについて

裁判所は、具体的事件を離れて抽象的に法律が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有するものではなく、憲法第八一条の規定も裁判所にこのような権限を与える趣旨のものではない(最高裁判所大法廷昭和二七年一〇月八日判決、民集六巻九号七八三頁)。原告の右請求は、具体的な法律関係についての紛争に関するものではなく、抽象的に宗教法人法第二条第一号に神社とある部分が憲法第二〇条、第八九条に適合するかどうかの判断を求めるものであつて、不適法な訴えといわざるをえない。

四すると、原告の本件訴えは、いずれも不適法なのであるから、これをすべて却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。 (平田浩)

目録

祭神の氏名 馬渕龍雄

祭神戦死当時の住所 東京市小石川区

大塚仲町二六番地

戦死年月日 昭和一三年九月一二日

戦死場所 中支蘆山

官職 陸軍曹長

靖国神社合祀年月日 昭和一五年一〇月一五日

合祀場所 東京都千代田区九段北三丁目一番一号

靖国神社社殿

〈別表(一)(二)省略〉

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